筆録(30) 琴三絃の神妙なる話(富田清邦先生)

【音竹祖(おたけそ)の龍琴(りゅうきん)】
【音竹祖(おたけそ)の龍琴(りゅうきん)】 (昌原愛用の琴)
 音痴を自認する私が還暦過ぎて琴の稽古を始めました。
 奈良県香芝市で「清絃会」を主宰なさる北村元美先生の指導の下、年に一度6月の発表会に参加させて戴き、それに向けての稽古で桜の季節も浮かれてはいられません。

 いまだヨチヨチ歩きの私ですが、北村元美先生のお話の中に、琴三絃の神妙なる様にうなる想いがした話があり、琴に向かう度にそれが私の脳裏をよぎるのです。
 それを諸兄姉と共有したいと存じます。(「三絃」とは、絃が三本の三味線のこと。)

富田清邦先生の音が三絃に感入して


 私の脳裏をよぎる話とは、北村先生のお師匠さん、富田清邦先生にまつわる話です。
 昨年(平成25年6月)の発表会のこと、楽屋裏で出番を待っていた際に、北村元美先生が先輩のお姐さまとおしゃべりしておられたのを、私は横で立ち聞きしておりました。話題は、富田清邦先生が琴三絃で作り出される音の世界が深甚微妙にして幽玄なること限りないということでした。

 例えば、演奏会などで富田清邦先生がその手でお弾きになった三絃を北村先生が自宅に持ち帰ることがあるのですが、その三絃が富田清邦先生の神妙の指使いを覚えているというのです。北村先生が、名人神妙の指使いに染まったその三絃をお弾きになると、以前とはまったく違った音の深みが広がるのが感覚できるとおっしゃるのです。その音の深みが、一週間ばかりは続くとおっしゃるのです。

 名人が手にした琴三絃は名人の音の響きに同調して、その深甚微妙なる響きをしばらくは保っているというのです。名人の音が、三絃の木地と絃に「感入」(かんにゅう)するのです。何とまあ、私にはまことに深く高く、その全貌を見通すことすらできない世界でありますが、その神妙なることに呆れるほどに驚き、今も琴に向かう度にそれが脳裏をよぎるのであります。


中国古書に見る音の感入


 「名人が手にした琴三絃が名人の音の響きに同調するということについては、中国の古書『洞天清禄集』 にもそれを窺わせる記述が見られます。それを紹介しましょう。

 「洞天」の「洞」とは、仙人の済む洞窟のことであり、それが「天」に通ずる世界であるとして、道教においては深山幽谷を「洞天」と読んで尊ぶのです。また文人が自らの居宅を仙人の居宅になぞらえて「洞天」と呼ぶのであります。

 むかし呉越の銭忠懿王(五代の呉越王銭俶)は琴をよくせられた御方で、あるとき使者をつかわして、・・・よい琴を物色させた。
 その使者が天台(浙江省山名)へいって山寺に泊っているとき、夜中に瀑布の音が軒端(のきば)にちかく聞こえていたので、あくる朝はやく視てみると、瀑布の下の瀑壺のほとりに、一軒の家の柱がちょうど真正面にむかうていて、そのうえ、その柱は南向きになっていたので、心の中で、もしこれが桐の木であったら、ここにこそ良い琴があるのだとかんがえて、刀でそれを削ってみると、はたして桐であったので、さっそく寺の僧侶に金をやってこれを買いもとめ、陽面の二つの琴の用材を取り、大急ぎで(王に)御返言を申しあげ、一年の猶予を乞うて、これをば琴に作らせた。
 >趙希鵠 『洞天清禄集』 (中田勇次郎『文房清玩』第一巻(二玄社)所収)

 永年に亘り滝の音を聞き続けた桐の柱には、滝の音が染みこんでいるので、それで琴を作ると素晴らしい琴ができるというのです。音が木に染みこんでいくというのです。

南向きで日光をもたっぷり吸い込んでいるので、琴の用材として抜群のものとなるのでしょう。
 さらに次の記述は、一層おもしろい。

 桐の木地は、すでに堅くなり、また千年あまりもたって木の水分がすっかりなくなり、そのうえ十分風日に吹きさらされ、金石や水の音がその木地に感入しているもので、ひとけなくひっそりとしてものしずかな土地にあり、塵の巷のさわがしい物音を聞いていないものを手に入れて、それをば取って琴につくるならば、どうして造化と妙を同じうすることができないはずがあろうか。
 このことから考えると、琴をおく室もやはりこのようでなければならない。
 けがらわしいところ、婦女のいるさわがしいところに近づけるのはよくない。
 >趙希鵠 『洞天清禄集』 (中田勇次郎『文房清玩』第一巻(二玄社)所収)

 最後の一行は女権論者が読むと卒倒しそうな表現であり、北村元美先生にはまことに申し訳無いのですが、「婦女のいる」を取り除いて受け取ると、その真意は充分に理解できます。中国でも日本でも、昔は琴は君子のたしなみでありましたので、まあ許しましょう。

 音が木地に「感入」するのであれば、名器と称せられるほどの琴三絃に対しては、「さわがしいところ」を避けるほどの気遣いをもって敬意を表すのは当然ではありませんか。

富田青峰先生の世界


 私は、幼児から音楽に親しむということをしてこなかったので、音に対する感覚が鈍いことを自認しております、そういう私ではありますが、北村元美先生の音の世界の深さについて、別の世界からそのご心境を拝察するということは出来るように思います。私は北村先生のスゴさに驚いたのであります。
 → 琴弾く女性の美しさと武道神道の奥義(北村元美先生)

 その北村先生が、さらに神妙なることに感嘆されるという富田清邦先生の音の世界とは、私には遙かに想像を巡らせるほかありません、達人にして初めて名人を知ることが出来るということでしょうか。

 富田先生は生まれつき眼がご不自由であったのではなく、視覚でもって自然に対して居られた時期もあったとか。富田先生が「私は海の中で弾いているのだ」とおっしゃる時には、先生の意識に残っている海の情景の中にご自身がお入りになって、波の音を響かせていらっしゃるのでしょう。

富田清邦先生が楽譜の通りには弾かれないことがあるということは、つとに知られたことですが、それは先生がご自分の世界を表現なさるということでありましょう。

 私は愛用の琴を「音竹祖(おたけそ)の龍琴(りゅうきん)」と名付けております。(名前は立派だ。)
 名人達人の音が、琴三絃の木地や絃に感入するということを考えると、私の「音竹祖(おたけそ)」くんをひと月ばかり北村元美先生に預かっていただき、北村先生の音を染みこませて戴けたら、私の琴の音も少しはましになるかも知れません。

 いや待てよ、それでは私の指使いにオタケソ君がよけいに嫌気がさすかも知れません。やはりオタケソ君には辛抱して私とつきあって貰うほかありません。呵々。