筆録(27) 琴弾く女性の美しさと武道神道の奥義(北村元美先生)

女性の美しさの七割は姿勢

 女性の美しさの七割は姿勢である。
 私はこれまで数多くの若い女性たちに、そう説いてきた。
 最近、奈良県の香芝市三曲協会主催の邦楽演奏会(第27回、平成24年6月17日)に自らも「出演」し、琴を弾く女性たちの姿を眼にして、「女性美の七割は姿勢である」という持論にますます確信を得た。その次第を筆録に記しておく。

琴の演奏を眼で味わう

 私が家内と共に琴の稽古を始めたのは、今から三年前(平成21年)、六十を迎える年の春でした。神道の友でもある佐藤サダ子太太が私の直接の師匠です。サダ子先生は、香芝市三曲協会の「清絃会」に所属しておられるので、私も「清絃会」主宰の北村元美先生から直接の手ほどきを受ける機会があります。
この北村元美先生が、スゴイ!

 北村元美先生の年齢は存じ上げないのですが、団塊世代の私と話をしても世代の差を感じないので、還暦までは少し遠いことでしょうが、まあ充分なご年齢であろうと拝察できます。
  ここで失礼を顧みず女性の年齢について云々するのは、実はそれがこの記事の根幹に関わる一要素であるからです。(元美先生、ご容赦を。)
清絃会メンバー110626
 清絃会には、私たちがフクちゃんと呼んでいる若いお嬢さんもいらっしゃる。
 彼女は昨年、大学を卒業したばかりの青春まっただ中、花も恥じらうお年頃の可愛いお嬢さんです。
 高校時代からサダ子先生の指導を受けていたのですが、琴三絃の道を究めたいということで、目下は北村先生の指導を受けていらっしゃる。


 琴の演奏には、浴衣あるいは和服を着用します。
 ただでさえ可愛いフクちゃんが、浴衣を着ると一段と可愛いのです。その浴衣を着たフクちゃんが、琴を弾く姿は、どんなに美しいことでありましょうか。

 私と家内が邦楽演奏会に「出演」するのは、これで2度目ですが、昨年は私は裏方作業に終止していたので、他の方々の演目を鑑賞することができませんでした。今年は、私の出番は早めに「万歳」一曲で終わり、後は他の方々の演奏を存分に鑑賞させていただく機会がありました。舞台での琴の演奏を、観客として拝聴拝見するのはこれが初めてです。

 私の「出演」とは、まことに口幅ったい表現で、琴の稽古を始めてまだ三年、しかも生来の音痴状態から何とか抜け出したいともがいている状態ですので、音の善し悪しなど私に分かるわけがありません。

 そこで、フクちゃんの琴弾く姿を、耳で拝聴はそこそこに、眼で拝見させて戴こうという算段でした。琴の演奏を眼で味わおうという訳です。

日本女性の所作の美しさ

 いよいよフクちゃんたちの演目「未来花」の幕が上がりました。
 琴弾く女性たち11名が並んで座り、その背後に尺八5名の男性たちが並ぶ。
 舞台中央からやや右手に、北村元美先生のお姿が拝され、その右隣にフクちゃんがすわっていました。
 ほう、お二人おそろいで弾かれますか。

 「未来花」には唄が入ります。演奏が始まるととても楽しい気分になるとともに、私の視点は舞台上のお一人の姿に集中して行きました。
その姿があまりに美しいので見とれてしまったのです。
姿勢が美しいのです、所作が美しいのです、オーラが美しいのです、北村先生の。

 かわいいフクちゃん目当てにしていた私が、想いも掛けず見とれてしまったのは、北村元美先生のお姿でありました。
 なんと美しい、その姿勢、所作、オーラ!

 あれ、フクちゃんはどうしたの? あっ、フクちゃんは隣にいた!

 あのね、フクちゃん、あなたは充分に若くてキレイで、充分に可愛い、充分に美しい。あなたと北村先生が並んでいる所へ、間近に近寄って繁々とお二人のお顔を見比べたならば、そりゃあ、北村先生危うしと申し上げざるを得ません。虫眼鏡でお肌をチェックなんてことになれば、さすがの北村先生も冷や汗を垂らされるに違いないことでしょう。
 若いと言うことは、それほど力がある。あなたは、若くてキレイで可愛くて美しいのです。

 しかし、舞台の上ではがらりと事情が変わります。
 私はそのことをまざまざと思い知らされました。
 舞台の上で美しいのは、北村先生でした。
 しかもいずれがアヤメ、カキツバタというレベルではなく、失礼ながら周りの女性方とは、ぶっちぎりの格段の相違で、美しいのは北村先生でした。
 姿勢が違うのです、所作が違うのです、オーラが違うのです。格段に違うのです。

 もし私が映画監督であって、「琴弾く女性の美しさ」というタイトルの映画を撮るとしたら、主役には断然、北村元美先生を選びます。
 音の善し悪しは私には分かりませんが、姿勢の善し悪しは分かります。武道神道の修行で座起進退の大事については私なりの感覚を持っております。

 私は北村先生のお姿を拝しながら、何故このお人に眼が引きつけられるのかを考えておりました。
 一体、どういう秘訣があるのでしょうか。



オーラの第一の秘訣:姿勢

 北村元美先生の琴弾くお姿にオーラを感じるという秘訣の第一は、姿勢でしょう。
 私は常々「女性の美しさの七割は姿勢にある」と言い続けてきました。女性美の七割は姿勢なのです。
 琴を弾く際には、正面を向いて観客を眺めるということはしません。手前にある譜面台のあたりに眼と落として、ややうつむき加減で琴を弾くのです。
 うつむき加減ではありますが、背中を丸めてしまっては、姿勢美が台無しです。

 北村先生の琴弾く姿勢は、絶妙の加減でありました。隣のフクちゃんを見ると、かすかにかすかに、紙一枚か二枚ほど前に傾き過ぎている。後で写真で確認すると、やはりそうでした。フクちゃんは、決して姿勢が悪い訳ではありません。ただ紙一枚二枚ほど背骨をそらして欲しかった。
 また譜面台のあたりに眼を落とすということから、フクちゃんのお顔が照明の陰になってしまって、ああ、折角の可愛いお顔が、もったいない!

 ところが隣の北村先生は、うつむき加減とはいうものの、お顔の全面に光をうけていらっしゃる。これ、どのように計算していらっしゃるのでしょうかね。いやはや、この舞台慣れには、まことに感服いたしました。

オーラの第二の秘訣:所作

 北村オーラの第二の秘訣は、日本女性の所作の美しさでしょう。
 右手三本の指で絃を爪弾く。時々、左手を伸ばして姿勢を傾けつつ絃を押さえる。また戻す。
 
 ただそれだけの所作ではありますが、そこに美しさの違いが生じるのはどういうわけであろうか。
 左手を伸ばしてまた戻すという単純きわまりない所作であっても、幼いころから琴三絃の稽古を積み重ねてこられたお方と、入門間もないお方では、そこに違いが現れるのだから不思議です。

 昔、現代劇で活躍していた歌手が、大小腰に丁髷(ちょんまげ)つけて侍を演じたことがある。それを見ると、全然、侍の所作になっていないのです。それまでのその歌手の生活様式がそのまま侍姿に映って、何とも言えぬ違和感を感じました。現代人の所作と、侍の所作はこんなに違うものかと感じ入ったことがありました。

 逆にまた、所作を拝見すれば、そのお人の内実が推測できるということもあります。
 昨年の演奏会の稽古では、尺八の「芳山会」(主宰・森本芳山先生)の方々とご一緒する機会がありました。私は音の上手下手は全くわかりません。しかし、姿勢は見て取れます。尺八を演奏なさる数人の方々の姿勢と所作を拝見すれば、どなたが芳山先生で、どなたがお弟子さんであるのか、一目瞭然でありました。
 芸道修行の内実は、どうしようもなく形に現れるものだと感服いたしました。

オーラの第三の秘訣:吸収と発散

 北村先生が舞台上で格別のオーラを発散しておられた、その第一の秘訣は姿勢であり、第二の秘訣は所作の美しさでありました。それに間違いはありませんでしょう。
 しかし、北村オーラには、「第三の秘訣」があったのです。私はそのことを北村先生から聞き出すことが出来ました。

 演奏会終了後、北村先生を囲んで清絃会の仲間たちと会食歓談の機会がありました。
 私がその日の舞台拝見の感想を述べると、北村先生はその第三の秘訣を明らかにされたのです。

源氏物語と琴  舞台上に琴を置き、その前に座る。
 琴の向こうに譜面台があり、眼は譜面台の少しばかり上辺に置く。とはいうものの、譜面台を見つめるわけではない。譜面台を視野にいれつつ、観客をも視野の上辺に入れる。
 ただし、顔を上げて観客を見つめるわけではない。
 琴は視野の下辺に入る。
 視野の左右に、共演者のすべてを映す。
 更には背後の共演者の気配まで、自分の感覚の中に入れる。

 そうしておいて、すべての共演者のエネルギーとすべての観客のエネルギーを自分の腹の中に収め、次に自分のエネルギーに変えて発散する。

 こんなことをなさっていたのです、北村先生は。
 幼児期からの琴の修練に加えて、長年月に渡る舞台の数々を、こういう心事で取り組んで来られたお方ですから、そこから格別のオーラが発せられるのは当然です。

 フクちゃん、花も恥じらうお年頃のあなたが、うーんとお年を召した北村先生に、美しさ勝負で負けたなどと悲観する必要はありません。あなたは充分に、人並み以上に美しいのです。
 ただ今回は、勝負の相手がデカ過ぎた。

芸道修行と武道修行

 北村オーラの第三の秘訣は、芸道修行の秘訣ではありますが、同時に武道の奥義にも通じます。不世出の武人・神人と謳われた合気道開祖・植芝盛平翁の言葉と、第三の秘訣とを比べてみてください。(特に太字部分)

合気道開祖・植芝盛平 相手の目を見てはいけない。
       目に心を吸収されてしまう。
相手の剣を見てはいけない。
       剣に氣が囚われてしまう。
相手を見てはいけない。
       相手の氣に吸収されてしまう。
真の武とは、相手の全貌を吸収してしまう 引力の練磨である。だから私は このまま立っていればいいのだ。
(合氣道開祖 植芝盛平)

 芸道の秘訣と武道の秘訣とが、ぴたりと重なりますでしょう。
 目を見ない、剣を見ない、相手を見ない、全部ひっくるめて見ているのです。それを少林寺拳法では「八方目」(はっぽうもく)と称します。一点を凝視しないから、観客も共演者も背後までも一切合切を含めて腹中に収めることができるのです。

 北村元美先生の芸道秘訣「すべての共演者のエネルギーとすべての観客のエネルギーを自分の腹の中に収め」とは、植芝翁の「引力の錬磨」にほかなりません。

 北村先生の琴は、武道であったのですか、何とまあ。
 この人が琴弾くことは、格闘技であったのですか・・・、オーマイ、ガッド!

 「全貌を吸収してしまう引力の錬磨」とは、合氣修行者がよく知る言葉ですが、その意味に迫る人は甚だ少なく、それを体現する人は、なおさら希有であります。
 ところが北村先生は、琴の世界において、「引力の錬磨」を重ねた果てに、現実に眼にモノ見せる境地に達しておられるのです。だから私は、北村先生の「引力」に引き込まれて見とれてしまったのです。眼にモノ見せつけられてしまったのです。

 以前から薄々感覚しておりましたが、今回初めて北村先生の舞台を拝見して確信が持てました。先生がもし武道の修行をなさっていたら、相当の域に達しておられるであろうことは間違いありません。


芸道修行と神道修行

 北村先生の芸道秘訣は、神道にも通じます。
 神祀りをお仕えする神官が、祝詞奏上にあたって迎神の作法を取ります。それがそっくり北村芸道秘訣と重なります。

熊野大社の鑽火殿に額づく筆者  神前に端座して合掌。己を虚空体と化す。
 第一礼で内面の神性を礼拝。
 第二礼で眼前の神霊を礼拝。
 第三礼で、内面の神と眼前の神を結ぶ。
 第一拍手で、この世の天地を一点に集める。 
 第二拍手で、幽界をすべて一点に集める。
 第三拍手で、霊界をすべて一点に集める。
 第四拍手で、神界をすべて一点に集める。
 最後の一拝で、結んで集めた一切を己の腹中に収める
 つまり創造の一点に立つ。
 そこから祝詞を挙げるので、祝詞から創造の神波が響き出す。
 【写真は、熊野大社・鑽火殿に額づく筆者】
 
 観客のエネルギーも共演者のエネルギーも、一切合切を腹中に収めて、己のエネルギーと化転せしめて発散する。
 天地一切を腹中に収めて祝詞を発する。

 芸道の秘訣が、迎神の作法と重なるではありませんか。

 北村先生が神祀りの道に入られたならば、文字通り「天地を動かす」祝詞を奏上なさるであろうことは、これもまた間違いありません。断言してもよろしゅうございます。
 いや、ことさらに神祀りという形をお取りにならずとも、琴で「天地を動かす」ことが可能かもしれません。琴の霊妙不可思議なる力については、いくつかの古典に記されております。

琴を弾き笛を吹く
(琴によって)昔の人は、天地をなびかし、鬼神の心をやはらげ・・・

明らかに空の月星を動かし、時ならぬ霜雨を降らせ、雲雷を騒がしたる例、上りたる世にはありけり。

(『源氏物語』若菜下)



 北村元美先生が琴弾くお姿を拝見して、上記のような古典の記述が、単なる絵空事としては片付けられないとすら、私には思えるのです。

 閑話休題(それはさておき)。
 私は、繰り返し申し上げている通り、音の善し悪しは分かりません。その私が、琴の演奏を眼で見て、これほど感動するのですから、北村先生の琴の音はさぞや素晴らしいものであるに違いありません。
 私が琴を学んでいたお人が、これほど凄いお人であったとはつゆ知らず、これまで過ごして参りました。これからは、姿勢を正して、先生に対して参りたいと存じます。
 いや、姿勢を正して戴きたいのは、私だけではありません。

日本女性よ美しくあれ

 「女性美の七割は姿勢にある」ということを証明する積もりで文章を書き始めたのですが、芸道の秘訣から武道の奥義、神道の神髄にまで話が進んでしまいました。一体、どなたのせいでしょうか?女性美に話を戻しましょう。

 日本女性の美しさは、日本の生活様式から生まれた日本女性の姿勢と所作にあると言えるのではないでしょうか。畳の上で和服で生活することから、姿勢と所作に自ずと日本的様式が生まれる筈です。

 ところが、最近の西洋式の生活様式と西洋式の家造りで、短時間の正座すらできない女性がまことに多い。
 正座して背骨を垂直に保つという筋肉が退化してきたようです。どんなに美しいお顔をメークアップでこしらえても、五分も床に座っていると背筋が曲がってくるようでは、美人顔も台無しです。

 日本女性の皆さんには、芸道第三の秘訣とまでは申しませんが、せめて姿勢を正しく保ち、所作を整えるように努力して戴きたいものです。

 日本全国のフクちゃんたち、若いだけでは駄目ですよ、可愛いだけでは駄目ですよ。
 姿勢が大事なんです、姿勢が。所作が大事なんです、所作が。
 女性の美しさを表現するのは、お顔以上に、姿勢と所作です。
 日本全国のフクちゃんたち、姿勢を正しなさい、所作を整えなさい。姿勢と所作が崩れたら、絶対に美しくはなれません。

 日本女性よ、美しくあれ!

付記:来る8月、新大阪で全国三曲演奏会が開催されます。(詳細下記)
北村元美先生やフクちゃんも出演します。
私はもちろん鑑賞に出かけます。この文章を読んで、フクちゃんがどれだけ頑張ってくれるか見極めねばなりませんので。フクちゃん頑張って、あはは。