神道における「北」の意味(2017年の漢字「北」にこと寄せて)

今年の漢字(2017年)は「北」

 毎年12月に清水寺で、全国からの投票結果で選ばれた今年の漢字が発表されます。今年(2017年)の漢字は「北」でした。
 この一年を、北朝鮮のミサイルに翻弄された一年であったと総括されては、平成二十九年の大年の神さまに申し訳なく思います。
 そこで、神道における「北」の意味を少し解説して、新年を心豊かにお迎えする縁(よすが)と致します。

中国人の「北」は背を向けて避けるもの

 「北」という漢字は、二人の人がお互いに背を向けてそむいている象(かたち)から作られました。中国の北方は冷たくて寒くて、どうにも有り難いものではない。だから背を向けて避けたいということで「北」という漢字になったのです。
 「北」の下に肉体を表す「月」を付けると「背」になりますね。中国人にとって「北」は背を向けてそむきたくなる方角であったのです。
 また、寒いのは嫌だから、そこから逃げるという意味も「北」にはあります。「敗北」という言葉は、敗れて逃げ去るということです。

 古代の中国人にとって、「北」とはまことに厄介なもので、そこから背を向けて逃げ出したいほどのものであったのです。
 日本人の「北」感覚は、全く正反対です。

日本人の「北」は故郷のように心を集めるところ

北へ帰る旅人

 私の琴の師匠は、北村元美先生と申し上げます。
 北村先生の「北」は、中国人の「北」感覚とは全く異なる、日本感覚の「北」であります。
 日本人にとって「北」とは、故郷のように癒やしを求めて帰るところです。

 それが証拠に、小林旭は言ってます。

  窓は夜露に濡れて 都すでに遠のく
  北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず
  (「北帰行」歌:小林旭、作詞作曲:宇田博)

 石川さゆりも言ってます。

  上野発の夜行列車おりた時から 
  青森駅は雪の中
  北へ帰る人の群れは誰も無口で
  (「津軽海峡冬景色」歌:石川さゆり、作詞:阿久悠)

 旅人が傷ついた心の癒やしを求めて帰るところが「北」なんです。この歌詞の「北」を「南」にかえると全然しまりませんね。「北」は日本人が帰るところなのです。中国人の「北」感覚とは、全く正反対です。

 北村先生、ご安心ください。先生の「北」は、日本感覚の「北」です。人々が癒やしを求めて心を寄せる「北」です。
 日本全国の、北村さん、北山さん、北川、北野、北原・・・さん、あなた方の「北」は、日本人が故郷のように慕う癒やしの「北」ですよ。
 (「北」のミサイル騒動などは、関係あるもんか!)

神道における「北」の意味

 以上を踏まえた上で、神道における「北」の意味について解説します。神道において、「北」という言葉には格別の意味があります。
 中国人の「北」感覚とは全く異なる日本人の「北」感覚は、どこから生まれたのでしょうか。

「北」は神々と天皇の鎮座まします方位

 神棚を設ける際には、北から南に向けるのを最上とします。人間は北に向かって礼拝申し上げるのです。(間取りの都合でそれが叶わぬ場合は、神棚を西から東に向けます。人間は西に向かって礼拝します。
 天皇の玉座も北に置かれ、天子さまは神々と同様に南面されます。人々は北面して礼拝申し上げます。

 「北」は、神々そして天皇の鎮座まします方位です。背を向けるなどとは、とんでもない。日本人がひたすら礼拝申し上げるべき方位です。

「北」は鎮魂(収斂)の方位

 「北」は収斂(しゅうれん)の方位です。ものごとを一つに束ねる方位です。
 従って、鎮魂して霊魂の故郷へ戻るという際には、北に向かって座ります。心を北に向けると、心が一つにまとまるのです。
 中心帰一の一点が「北」であります。

 逆に、南は、発散の方位です。
 鎮魂とは逆に、「ミタマ振り」と言いまして己自身のミタマの働きを大いに発散させる場合には、南に向かって座ります。
 つまり神々が南面されて神力を発動なさるのと同様に、己が南面して己の「ミタマ振り」を振り起こすのです。

 「北」は神々と天皇の鎮座まします方位であり、霊魂の故郷を求めて心を一つに収斂していく方位であるということが、日本人全体の深層意識に響いていますので、日本人の旅人は傷心を癒やすために「北へ帰る」のです。少々寒くてもかまいません。「北へ帰る」から心が癒やされるのです。
 歌謡曲も日本人の心をよく表していますね。

大宇宙の「北」は北辰天之真一つ

 ついでに大宇宙の「北」について少しだけ述べておきましょう。
 宇宙に東西南北の方位は付けられません。しかし、中心点を求める事はできます。
 全天のすべての星座が、北極星を中心にして回転しております。
 北極星が、大宇宙の中心帰一の一点であり、大宇宙の「北」と申し上げてよろしいのです。

 その北極星には、「北辰天之真一つ」神座が置かれています。
 太祝詞の冒頭が「北辰天之真一つ」であり、あらゆる神業(かみわざ)は、その一点から初めて振り起こされるのです。

 「北」は漢字ですが、本来の日本語はキタ。
 キタのキは、見えない力を表します。
 タは水のこと。田んぼのタですね。

 「北辰天之真一つ」のキとは、天地創造神力を表し、タとは水のこと(創造神界の水です。)キタとは、天地創造神力が一滴の水に籠められた状態を意味します。あるいは、タは発現と解してもよいでしょう。キタとは天地創造神力が動き出した発現した状態と言えます。
 その神力が創造のプロセスを進めるために寄り集まり群がる様が、ムラです。
 キタムラとは、天地創造神力が一滴水に凝縮されて発現し、寄り集まり群がる状態です。

 ここまで話が流れてきましたら、この際ですので、北村元美先生の「元美」の意味についても述べざるを得ません。(北村先生、神道を学ぶ人たちの為です、ご容赦を。)
 
 美術とは、絵画や彫刻など、視覚によってとらえることを目的として表現された造形芸術(視覚芸術)の総称です。しかし、狭義の「美術」にとらわれず、美の意味を広げて考えると、詩歌、文芸、歌謡、音楽なども、美を表現するための営為であると言えます。
 それらすべての美の営為の中で、根源的なるものは何でしょうか。
 つまり、一番根元にある、「元の美」は何でしょうか。

 すべての美の根元にある美、つまり「元の美」は、音です、音の美です。
 形のない音の美を、形にあらわして絵画となり彫刻となるのです。

 吾が師匠・北村先生が、「北村元美」の名乗りを持って琴三絃の世界でミタマ振りを振り起こしていらっしゃるのは、まことにもって天命をストレートに表していらっしゃるお姿と拝されます。
 北辰天之真一つのキタ、天地創造神力が、ムラ雲のごとく寄り集まって爆発し、元なる美をこの世に現して、琴三絃の音色を奏(かな)でていらっしゃるのです。

 「北」の神儀にこと寄せて一言申し述べました。
 日本全国の、北村さん、北山さん、北川、北野、北原・・・さん、今年(2017年)の漢字「北」には、こういう意味があるということを承知していただき、「北」を礼拝申し上げる心をいよいよ深めて新年を迎えていただきたいと存じます。
 よい年をお迎えくださいますように。

編集余録

 目下、『親子で学ぶ神道読本(二)』と、『日本人の特殊感覚』の二冊の出版を目指して、同時進行で原稿を書いています。
 本年のトランス通信は、これにて最後と致します。
 一年のおつきあい、ありがとうございました。良い年をおむかえくださいますように。
(号番号の付いた通信は、年末年始も、自動送信されます。)

【付記】
 北村元美先生が琴の演奏に臨まれる際に心構えを聞かされて、私は心底オドロキました。琴弾くことが、神道武道の奥義に通ずるとは!
 この人の琴は、格闘技か!

 ▼琴弾く女性の美しさと武道神道の奥義(北村元美先生)

 ▼琴三絃の神妙なる話(富田清邦先生)
  
 ▼相撲は国技ではない、日本武道の総体こそ国技

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