日本酒は日本文化の華一覧

日本酒「獺祭(だっさい)」杜氏抜きのデータ管理でウマイ酒造り

「獺祭」(だっさい)とは見慣れない言葉だが、日本酒「獺祭」が大好評のおかげで、日本人にまた世界中に知られるようになった。江戸や明治の創業が多い日本酒蔵元の中で、「獺祭」朝日酒造は、昭和23年の創業。この朝日酒造の革新的な酒造りは、実際に美酒「獺祭」を作り出しているのである。どれほど「獺祭」がウマイかというと・・・。

日本酒「秋鹿」妻・恋人を慕って鳴く鹿の甘酸っぱい心情、酸味が効いた名酒

日本酒・秋鹿は、蔵元自らが杜氏として、米作りから酒造りまでを一貫してこだわりの酒造りを行っている。無農薬の山田錦栽培に挑戦し、自社畑11ヘクタールすべてを籾・米ぬか・酒粕を肥料とした「循環型無農薬有機栽培」無農薬栽培を実践するなど、土つくりから始まる、こだわりの酒米つくりは「秋鹿」の酒質にも大きく反映されている。

日本酒「京はな吹毛剣(すいもうけん)」酒の切れ味を追求する蔵人たち

吹毛剣とは、剣気に誘われた毛が吸い込まれるように刃に触れて真っ二つに切れていく、それほど切れ味の鋭い剣のことである。吹毛剣の名に値する剣を持つならば、その剣気によって敵を屈服させることも可能であろう。その吹毛剣の切れ味とは、いかほどのものであろうか。日本酒「京はな吹毛剣」とは如何なる酒か? 2015/11/29

日本酒「あさ開き(あさびらき)」は寒気の中で味わう酒

名酒「あさ開(あさびらき)」が、何と全国新酒鑑評会で12年連続して金賞受賞という記録をもつ。「あさ開(あさびらき)」の社名・酒銘を探って見なければなるまい。万葉集に「あさ開」は「漕ぎ出る」にかかる枕詞として見られる。夜が明けて朝が開き、さあ舟を漕ぎ出でようとなる。「あさ開」を社名・酒銘に採った創業者の心がそこにある。

日本酒「古酒屋のひとりよがり」加藤清正の子孫が造る大吟醸酒

蔵元の加藤家は、戦国の武将・加藤清正の子孫であるとか。加藤清正の嫡男 忠廣公が出羽国庄内に配流され、加藤家の歴史が始まった。正式な酒銘は「栄光冨士 古酒屋のひとりよがり」である。つまり姓は「栄光冨士」ミドルネームは「古酒屋の」名は「ひとりよがり」とでも言えようか。 名乗りに蔵元のこだわりが感じられその心意気が心地よい。

日本酒「寿萬亀」は「じゅまんがめ」か、「じゅばんがめ」か?(千葉県)

これまで数えきれないほどの日本酒とつきあってきたが、寿萬亀(ただし、袋吊り大吟醸)は私の愛する日本酒ベスト3に入る銘酒であろう。何よりも、酒のエネルギーがすごい。私は、キネシオロジーを応用した手法で物の意識指数(エネルギー指数)を測定できるのだが、この寿萬亀を指数をはかってみて驚いた。

日本酒「千代むすび」 千代に八千代にむすびの力を

「千代むすび」とは、いかにも目出度い。この酒は、大山の伏流水を仕込み水に、酒造好適米とされる五百万石を用いて醸される。酒というものが、婚礼を始め、さまざまな祭事にもちいられるのは、酒にはそれだけの徳があるからである。神祭りには、やはり米の酒がふさわしい。 三三九度の縁結びの盃に、ウイスキーやビールでは締まらない。

日本酒「西の関、秘蔵酒」 西国で最上位の位を保て

関(せき)とは、本来、最上位の相撲取りを意味する。吾こそは酒の世界の長なりと「西の関」が名乗りを挙げる。 西国、大分県は国東半島にあって、時代の風潮に流されることなく昔ながらの伝統的「手造り」にこだわり、名実ともに「西の関」たる貫禄をあらわすに至った。「西の関」よ、お前さんこそは、まことに「西の関」であってくれい。

日本酒「冨の寿」 仙人の不老不死の薬なれ

蔵本「富安」はもと、高良大社の御神酒を納めていた歴史を持つ。高良山の麓で、筑後平野の米と耳納山系からの伏流水に恵まれて、「冨の寿」は造られる。その酒銘には、幕末の「七卿落ち」が関わっている。1863年(文久3年)、三条 実美ら尊皇攘夷派の七人の公家たちが、薩摩・会津の公武合体派に破れて、都から落ち延び長州へ逃れた。