一二三(ひふみ)の神秘・火と水を結ぶ風

 日本語の「ひとつ(一)」と「仁」の「ふたつ(二)」について先の記事で説明しました。

 次は「みっつ(三)」ですが、ひとつ、ふたつ、みっつを合わせて、日本語の一二三(ひふみ)の神秘について述べましょう。「ひふみ祝詞」などと騒がれていますね。これが、また不思議なんです、日本語は。

ひとつ:一(ひ)で火を灯す

 一を「ひ」と読みます。「ひとつ」とも言います。
 祝詞で「ひーふーみー」あるいは、「ひとー、ふたー、みー」と唱える時には、「ひ」の言霊の力が働いて、天地創造の世界の火(ひ)がともります。

 天地創造の世界とは、あらゆるものを生み出す世界。たくさんの神様方をすら生み出す根元の世界です。神様方はもちろん、霊界、幽界、肉体界のあらゆるものは、先ず創造の火が燃えて、そこから創造活動が展開して生み出されると考えてください。

 その最初の創造の火を灯す言霊が、「一」(ひ、ひと)であるのです。

みっつ:三(み)は創造の水

 「二」(ふ)は後へ飛ばして、先に「三」(み)をみてみましょう。

 「三」(みー)と唱えると、創造の水が生まれます。
 これもこの世の水ではなく、創造世界の水であります。

万物の根元は、火か水か

万物は火であると唱えたヘラクレイトス 昔むかし、ギリシャの哲学者たちは、万物の根元(アルケー)が何であるかを考えて、さまざまな説を唱えました。

 ターレスは、万物は水であると唱えました。
 ヘラクレイトスは、万物は火であると唱えました。(右はヘラクレイトスの肖像)

 このヘラクレイトスさんは、水さえも火から生まれると説いたのです。
 火から生まれる水 ・・・・・・???

 こういうアイデアは、しかし、一概に笑い去ることはできません。まあ、そういう哲学者がいたということは、心に留めて置きましょう。

 ついでに言うと、このヘラクレイトスさんは、「万物は火である」と唱え続けて、最後には水ぼうそう(一説に水腫)で亡くなりました。
 これは、やはり、火と水と両方が必要ということの証明・・・でもないか。あはは。

 ともかく、万物の根元を(アルケー)をめぐって、ギリシャの哲学者たちはいろいろと思索をめぐらせ議論を戦わせていたのです。

日本語の祝詞では、火の次に水が生まれる

 日本語の祝詞では、ひー(火)、ふー、みー(水)、と唱えて、火の力、水の力を呼び起こします。
 ひ(火)と、み(水)を組み合わせて万物の創造が行われます。

 ひ(火)が根元の根元といえば、そうなりますが、そのひ(火)の展開から、音が生まれ、水が生まれます。

 えーっ、火から水が生まれる?
 ヘラクレイトスと同じだ・・・。

 まあ、同じとも言い切れませんが、創造の世界の火であり、創造の世界の水ですので、この世の火と水を思い浮かべるのはやめましょう。

 日本語の奥の世界は、まことに不思議な世界なんです。天地創造の世界の動きが、そのまま日本語の中に籠められているのです。

ふたつ:二(ふ)は風、産霊(むすび)の力

 ひとつ一(火)とみっつ三(水)の間に、ふたつ二(ふ)がはさまっています。
 「ふ」は、風を表します。風といっても、この世の風ではありません。天地創造の世界の風です。
 漢字の「風」を「ふう」と読む。「ふー」と息を吹く。これも風ですね。

 風(ふ)は、産霊(むすび)の働きをします。ものとものを結んで新しいものを生み出す働きです。だから「産霊」とかいて、「むすび」と読むのです。

風は入り込むから結ぶことができる

 風がむすびの働きをする・・・ということを感覚できますか?

 AとBを結ぶことができるのは、AとBが互いに互いの中に入り込むから、結べるのです。入り込まずにAはA,BはBのままでは、結べません。

 風は、どこへでも入っていきます。

 たとえば、スーパーでビニール袋をもらって、そのビニール袋の端がぴたりとくっついて開かない時がありますね。おじさんたちは、指をなめて、ビニール袋の端を開くのですが、若いお嬢さんたちは、少しお上品に、その袋の端に、ふーっと息を吹きかけてごらんなさい。

 風の力で袋が開きます。隙間などないように見えていても、風は有るか無きかのわずかな隙間を通っていきますので、袋が開くのです。

 この世の風でさえ、これほどの入り込む力があるのですから、創造世界の風は、どのような岩石であれ、金属であれ、また霊魂であれ、その中へ入り込んで行きます。だから、むすびの力を発揮することができるのです。

風速(かざはや)の神扇(しんせん)

風速の神扇・火と水を結ぶ風  私の所有する神宝に、風速(かざはや)の神扇(しんせん)があります。日垣宮主師からいただいたものです。
 この神扇を振ると、風の神様の神力が働いて、いろいろなものを結びつけることができます。

 たとえば、墓を建立した際に、墓石と霊魂を結びます。時には、不埒なる霊群を短冊の文字に結びつけて封じ込め、よろしく処理したこともあります。
 風速の神扇の活用は無限です。

 風の力は、むすびの力ということ、納得できましたか。

火と水を、風が結ぶ

 では、「ひーふーみー」と唱える時に、「ふ」の風は何を結ぶのでしょうか。
 「ふ」は、「ひ」(火)と「み」(水)を結びます。

 創造の火(ひ)、創造の水(み)を、創造の風(ふ)が結んで、その結び方が千変万化、色々に変化して、色々なものが生まれていくのです。

 ひーと唱えると、火が生み出され、
 ふーと唱えると、火が風を呼びこみ、
 みーと唱えると、風が水を生み出す。

 これで、火と水を風が結んで、物事を創造していくのです。だから、祝詞の中で、ひーふーみーと唱えるわけですね。これは、単なる、ワン、ツー、スリーではないのです。

 ひーふーみーと唱える、あるいは、ひとーふたーみーと唱える、たったこれだけのことで、天地創造の神力が動き出すのです。

 それが、「ひふみ」の元来の意味であって、ワン、ツー、スリーではないのです。
 日本人に限っては、その天地創造神力を秘めた「ひふみ」を数を数えるワンツースリーの意味に使わせて戴いているのです。

 何とまあ、日本人というのは、天地創造の神力が籠められた言葉を、日常生活の言葉として使わせて戴いているのです。
 だから、日本人は祭祀民俗なのです。

 日本語というのは、こんなにも深い言語であるということ、おわかりいただけましたか。

 「日本語の主語は神である」、「日本語は神である」と申し上げていること、少しはおわかり戴けたでしょうか。

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