産土百首02 往き還る足踏むごとに産土の

2018年4月14日

本田親徳「産土百首/02」
 往き還る 足踏むごとに 産土の 神の惠みを 思へ世の人

大地は産土の神の御肉体

 「往き還る 足踏む」ことができるのは、大地があってのこと。
 その大地、実は産土の神の御肉体であります。

 地表から下三尺までは、人間の生活圏でありますが、地表から九尺(およそ3メートル)下がると、その下は、産土さまの世界です。いわば、産土さまの御肉体と申し上げてよろしいのです。

 産土さまの御肉体の上に、家を建て、道路を作り、人間が生活していることになります。

 それ故、家を建てる際には、地鎮祭をお仕えして、どうかこの土地に人間が家を建てて住むことをお許し下さいませと、産土さまにお願い申し上げるのです。

とりわけ、山野を切り開いて宅地を造成する際には、地鎮祭を厳修しなければなりません。

 「往き還る 足踏」みながら、各地を旅行する際も、私などは、宿について一息入れたら、先ずはその地の産土神社が気にかかります。

 明るいうちに参拝できるのであれば、参拝を済ませます。あるいは翌朝散策の楽しみとして、産土参拝することもあります。

 旅行の楽しみというのは、その土地の風物に触れることにありますので、その土地の風物の源泉である産土の神の御神徳を讃え、その神気に触れることが先ず第一の楽しみと云えるのではありませんか。

 地球上、どこへ行きましても産土さまに載せられて生きる人間であります。
 そのことを本田親徳翁は、、
  「往き還る 足踏むごとに 産土の 神の惠みを 思へ世の人」
と詠まれたのであります。

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 日本語の奥に神が隠されていました。
 日本語を使う日本人は無意識のうちに神とつながります。
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