修羅の世と雖も(新年を迎える喜び)

修羅の世と雖(いえど)も冥加(みょうが)の初明り (喜多女)

作者「喜多女」は日垣宮主師の奥様。
年末になって、新しい年を想うとき、いつも思い出すのがこの句である。

修羅の世とは、争いの世界。
冥加(みょうが)とは、神仏から知らず知らずに受ける加護。

地球上に紛争はつきず、個人の人生もまた、時に修羅道(争いの世界)を歩むかと思われる時がある。
しかし、新年新生の気は人皆に、冥加(みょうが)初明かりを灯して下さる。

人生諸般の経緯によって、暗澹たる想いで年末を迎えた時に、初めてこの句に接して、どれほど心をいやされたことか。

もし、新年という節目が無くて、ただ月日がだらだらといつまでも続くだけであったら、人生の締まりを付けようがない。
新年という節目があることが、どれほど人間の心を新たにして力づけてくれることか。

その節目節目を正しく祀る心こそ、祭祀民族たるやまと民族の生き方の根っこではないか。

節目節目の伝統行事を行うことが、子供の心を育てる事にもなるというのは、やまと民族の心を育てることになるからである。

修羅の世と雖も冥加(みょうが)の初明り 

我が愛称句の一つ、本当によい句だ。


 日本語の奥に神が隠されていました。
 日本語を使う日本人は無意識のうちに神とつながります。
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