筆録(34)名説・大中洋道大人(日本神道は宇宙神道)

姓名にその人が表れる

名説とは筆者の造語であり、古典にはない。名論卓説の意味ではなく、名前の説明と云う意味である。名詮自性(みょうせんじしょう)とは、名はつまるところ自らの性を表すの意であり、名は体を表すともいう。

人の姓名には、その人の人となりが表れている。霊魂の響きまでが表れていることもある。

トランス通信でお馴染みの大中洋道(おおなか・ひろみち)大人は、13か国の言語に通じる語学の達人であり、私から「語学道楽士」の称号を差し上げたお人である。また、星の世界の写真を撮るという趣味をお持ちである。

ここに、大中洋道大人の名説を披露して、読者諸兄姉の参考に供したい。他人の名説を読むということは、自分の生き方を考えるよすがとなるものである。
大中洋道の四文字から、人間の生き方を取り出してみることにする。

大中とは

大中の中が、中心を意味することは言うまでもない。
大(おほ)とは、すべてを覆(おほ)い尽くすの意であるので、大中とはすべての物事の中心となる。
この「すべて」をどう捉えるかは、その人の意識の広さ深さに応じて変化する。

「すべて」とは、町内のすべてであると受け取るのであれば、大中は町内の中心となる。これでは、大中の名乗りが勿体ない。
少し意識を広げて、大中を近畿の中心と受け取るのは、かなりの心がけと云えるが、まだまだ。

もう少し意識を広げて、「すべて」とは日本国のすべてであるとすれば、大中は日本国の中心となる。
大中を日本国の中心と心得て、天皇(スメラミコト)を奉じるとなれば、まずまずの覚悟と考えるかも知れない。

しかし、天皇存在の真相を踏まえれば、日本一国の立場では、あまりに小さすぎる。
日本神道は、日本一国の神道ではない。
天皇の神座(かみくら)は、日本一国の安寧の為に置かれているのではない。

そこで更に意識を広げて、大中すなわち地球の中心と捉えるならば、かなり上等の覚悟といえる。
しかし、日本神道の本質を考えると、それでも物足りない。

今の時代に、大中の姓を享けて日本国に生まれ、日の本つ国人として八百万の神々と共に、天皇の御祭事に共鳴り起そうと志すのであれば、太陽系から銀河宇宙にまで想いを致し、大中とは宇宙の真っ中心であると感得するのが、最上の心得といえる。

天とは、一と大の合字である。一つの大いなるものを天という。
大中とは、天の中心、銀河の中心である。

全天に煌めく星々の真っ中心にあって、不動の位置に揺るぎがない北極星こそ、大中の一点である。

北極星を日本神道では、北辰(ほくしん)と申し上げ、そこに置かれた神座を「天の真一つ」(あめのまひとつ)の神座と申し上げる。
太祝詞の冒頭で「北辰天の真一つ」と唱えるのは、大中の一点に心魂を没入させるということである。

洋道(ひろみち)とは

北辰天の真一つ、大中の一点に意識を置いて、そこから銀河を眺めると、なんと無数の星、星、星が全天を埋め尽くして煌めいている。
それは正に星の海である。星の一つ一つが連なって潮の流れとなり、星の海となって広がっている。
大中大人が、星の写真撮影を趣味とするのは、まことにむべなるかなである。

洋道の「洋」(ひろ)は、漢字は大海を意味し、音は広がりを意味する。 「洋」(ひろ)とは、海の広がりであり、星の海の広がりである。
「道」は、燦然茫漠と広がる星の海の中で、自らの行く手を見出す働きである。星の海は、エネルギーの広がりの海。そのエネルギーを自らのうちに取り入れて、天地創造の一端を担うのが、「洋道」の働きといえる。

日本神道は宇宙に広がる

「大中洋道」の四文字に現れた人間の生き方は、「大中洋道」一個人のものではない。
あなたが、その生き方に共鳴するのであれば、あなたなりに「大中洋道」振りを表していくことが可能である。
それはあなた自身の霊魂の魂振り(たまふり)となる。

日本神道は、日本一国の神道ではない。
それは、地球に限定されず、太陽系にも限定されない。銀河宇宙の星々に、神々の神座が置かれていて、そこからの神線とつながって生きているのが、人間の真実の姿である。(そのことは、近刊の拙著『太陽、月、星の神は人間の中にある』に詳しく解説した。)

祝詞に「上筒、底筒、中筒」という言葉があり、海流の三段の流れを表すといわれている。
同時に、ツツ(筒)とは星を意味する。つまり、星の連なりが潮の流れをも意味するのである。

太陽を日神と崇めているのだが、それをもって日本神道を太陽系の神道と限定するなどは、神々の真相から離れた見解といわねばならない。
北斗七星の首座には、日神の荒魂(あらみたま)の神が神座を置いて人類を統御なさっている。
カシオペアの五星には、同じく日神の荒魂の五男神が神座を置かれて、霊影(たまかげ)形成の働きを表されている。
アンドロメダ星雲界には、宗像(むなかた)三女神と共に、スサノオ大神が神座を置かれてお働き遊ばしている。

このように、日本神道は宇宙全体に広がっている。
天皇(スメラミコト)の御祭事にわが身を捧げたいと願うならば、天地の神々と共鳴り起して雄叫び挙げたいと志すならば、全天の星を腹に納める覚悟が必要である。

「大中」を、宇宙の真っ中心、北辰天の真一つと感得してこそ、日本神道を行じる日の本つ国人の生き方が現れるというものである。
「洋道」の働きによって、星の力をわが身に受けて、それぞれの人生を作り上げていくことこそ、日本人の生き方といえるであろう。
「大中洋道」の四文字から読み取る日本人の生き方、かくの如しである。

▼もう一つの名説(これも面白い)⇒ 筆録(20) 石を抱いて実腹せよ(抱石大人名説)


 日本語の奥に神が隠されていました。
 日本語を使う日本人は無意識のうちに神とつながります。
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