真剣勝負には、一眼二足三胆四力

 武道修練に「一眼二足三胆四力」(いちがん・にそく・さんたん・しりき)という言葉がある。

 最も重要であるのが「一眼」(いちがん)、眼であるという。

 「一眼」は単に視力を云うのではなく、相手の動きを見極める眼力である。見切りを付けるのも眼力である。

 宮本武蔵が佐々木小次郎と巌流島で決闘した際にも、武蔵の眼力が決め手となった。

 物語などでは、武蔵が巌流島へ向かう小舟の中で、船の櫂(かい)を削って決闘に用いたと言われる。その櫂の長さは二尺五寸。

 小次郎の「備前長船長光」、通称「物干し竿」は刃長およそ三尺。長身の小次郎が振り下ろす「物干し竿」に、見切りを付けてかわすのは武蔵の眼力であり、一瞬踏み込んで櫂を振り下ろすのも眼力あってのこと。
 武蔵は見切りの眼力でもって櫂を振り下ろし一撃のもとに小次郎を倒したと云われる。

 二番三番はさておいて、四番目に重要なのが「四力」(しりき)であると云う。「四力」とは、筋力を含めてもよろしいが主意は力量のこと。「四力」を決するのは、普段の修練の積み重ねであることは言うまでもない。

 ところが、稽古の立ち合いにおいて「四力」が勝るものであっても、実戦の場においては、「三胆」(さんたん)には及ばない。

 つまり、稽古において「四力」を充分に発揮できたとしても、命を懸けた真剣勝負においては、胆力が伴わなければ萎縮して「四力」が発揮できなくなる。「四力」の上に「三胆」が置かれる所以(ゆえん)である。

 たとえ「三胆」が充分であっても、その上の「二足」(にそく)には及ばない。
 「二足」とは脚力である。「一眼」によって見切りを付け、「四力」の成果を現して、我が身を適所に運ぶのは「二足」のはたらきである。
 
 黒沢明監督の作品に「七人の侍」という名画がある。夜盗の襲撃に備えて、七人の侍が百姓たちに実戦訓練を施すのであるが、その一場面に侍(加藤大介だったか?)が百姓たちを叱咤(しった)して叫ぶ場面がある。

 「戦場で走れなくなったら、死ぬと思え」

 戦場で「二足」が動きを止めたら、即、死ぬのである。戦場では、走って、走って、走り抜かねばならない。
 「二足」の大事は、現代の健康法にも通じるであろう。

 「一眼二足三胆四力」、いい言葉だ。