武道稽古のアップダウン構造 (正面に礼)

 この記事は、過去のメルマガのバックナンバーです。メルマガにおける表現を、そのまま転載していることをご承知おき下さい。
 「アップダウン構造」という魔法のようなキーワードを使って、日本を丸ごと解明してゆくものです。 

1. 武道稽古のアップダウン構造 (正面に礼)

1-1. 武道や刀剣に対する日本人の特殊感覚

 私は学生時代に合気道を始め、今は神道の一環としての美剣(ミツルギ)体道の稽古をしております。

 日本武道と神道は車の両輪のような関係で、あざなえる縄のように合流して一筋の道を歩んで来たように思われます。

 テレビや映画の時代劇で道場の場面が出てきた際に、注意して道場正面をご覧下さい。
 たいてい神様を祀っています。

 よくあるのが、鹿島大明神と香取大明神の掛け軸を掲げて、その前に白い徳利の御神酒を備えているという形です。

 また剣(ツルギ)というものに対する日本人の特殊感覚というものがありまして、ツルギを単なる殺傷の道具とは考えないのです。
 そこに神聖なる何かを感覚しているのです。

 事実、奈良県天理市の石上神宮のご神体は、七支刀であり、天皇の御位(みくらい)の象徴である三種の神器の一つも、草薙(くさなぎ)のミツルギであります。
 草薙にわざわざ「くさなぎ」とひらがな読みをつけなければならない時世なのですね。

 それはともかく、武道といい、刀剣というものには、なにがしかこの世のものならぬ存在をおそれ慎むという感覚がつきまとっています。

1-2. 正面に礼!

 私が所属していたのは大阪教育大学の合気道部でした。
 稽古は大学構内の武道館や体育館で行いました。

 いかに武道館とはいえ、国立の大学施設に神棚を設けられる筈はありません。
 また私も含め、合気道部の学生には、神祀りの感覚などもありませんでした。

 そんな私たちも、武道館には一礼して入り、一礼して出ていました。
 そして稽古の前後には、道場の片方に全員整列して座り、そこからもう一方の何もない壁に向かって一礼していました。

 その際にかける号令が、「正面に礼!」というものです。

 正面に礼。
 このなんという絶妙のあいまいさ。

 ナントカの神様に対して礼、ではないのです。
 正面という無色透明なるものに礼を捧げるのです。

1-3. 武道稽古のアップダウン意識と床の間

 武道修行というものが、単なる肉体界における我と彼との間のショートカット的修行であるとは思わないのが日本人なのです。
 正面という、まことに曖昧な言葉ではありますが、アップダウン構造の奥に意識を向けて、その上での武道修行を行うのです。
 野外で演武を行う際にも、勿論、正面に礼をして、その後演武者同志が互いに礼を交わして演武を行うのです。

 正面に礼をして、その後、指導者と学生が礼を交わすのですが、指導者の中にはキリスト教の神父さんもおられました。
 キリスト教だって、仏教だって、日本人に変わりはありません。

 その神父さん(日本人)も、この日本的礼法には何の違和感も感じておられなかったようです。

 この武道稽古のアップダウン意識というものは、実は日本の家作りにも反映されていると思われます。つまり、床の間がそれです。

 床の間には、書画の掛け軸を掛け、花を飾るのみです。

 しかし、正しく家の祀りがなされているならば、この床の間が、その家自身のみたま、つまり、家舟(やふね)の神を祭る神座(かみくら)になるのです。
 神棚がある訳でもない、仏壇があるわけでもない。
 ただ季節の花を飾るのみという床の間が、真実、その家自身のみたま(家舟の神)の活在の場となるのです。

 正面に礼といい、床の間といい、日本人のアップダウン意識は、ショートカット的に明確に神を意識する西洋人から見れば、まことに曖昧なものと見えるでしょう。

 その曖昧なるアップダウン意識こそが、日本人の取り柄なのです。

2.編集余録

● 床の間に宿る家のミタマ「家船(やふね)の神」については、私のミニ講演の音声データをお聞き下さい。
 トランスペース研究所の友の会会員登録をすませると、会員専用ページへ入るIDおよびパスワードをお送りします。
 それを使って会員ページへはいって戴くと、音声データが無料視聴ダウンロード可能です。

● ありがとう日本アップダウン構造』が次の雑誌で取り上げられました。

 * 『アネモネ』新年号
 * 月刊『波動』2月号(水の結晶写真で有名な江本勝氏の雑誌です)

 徐々にではありますがアップダウン構造が人々に迎えられて行くようです。


 日本語の奥に神が隠されていました。
 日本語を使う日本人は無意識のうちに神とつながります。
   ↓  ↓  ↓  ↓ 日本語の精髄アップダウン構造