日本語の精髄アップダウン構造

1. 日本語アップダウン構造とは

日本語はアップしてダウンする

日本語は3者構造 「アップダウン構造」とは、隠れた世界にアップして、現れた世界にダウンするという構造です。
 日本語においては、AとBの二者関係を述べているような場合でも、AとBだけでは済まされません。AとBのアップダウン構造の奥にあるXという第三者が隠れているのです。

 つまり、「アップダウン構造」とは、隠れた三角関係を表現しているのです。

 この「アップダウン構造」というキーワードを一つ知るだけで、日本語と日本文化の不思議がすらすらと解決できます。

英語のショートカット構造

英語は2者関係のショートカット構造 英語は簡単明瞭です。
 AからBへ一直線に進みます。隠れた世界に寄り道はしません。
 AとBの二者関係に隠れた存在はありません。

 この英語の構造を「ショートカット構造」と名付けます。

 日本語アップダウン構造と英語ショートカット構造の違いを、「ありがとう」と「サンキュー(Thank you)」を例にとって説明しましょう。

2. ありがとうのアップダウン構造

「ありがとう」と「サンキュー」は天地の違い

日本語(文化)の精髄アップダウン構造と英語の精髄ショートカット構造 「ありがとう」を英語では「サンキュー(Thank you)」と言います。
 この二つの言葉は、三歳の子供でも知っていますね。

 ところが、「ありがとう」と「サンキュー」との間には、天地の開きがあるのです。

 「ありがとう」はアップダウン構造(三角関係)。
 「サンキュー」はショートカット構造(二者関係)。

サンキューのショートカット構造

サンキューのショートカット構造 「サンキュー」とは、 “I thank you." (私はあなたに感謝する) の主語 (I) を省略した表現です。それは、私 (I) とあなた (you) の二者関係で完璧に表現されます。
 そこに、隠れた第三者(X)が立ち入る隙は、全くありません。
 英語サンキューは、見える世界の「私」と「あなた」だけで完全に完結します。見えない世界の第三者がそこに入り込む余地はありません。

 英語はショートカット構造の二者関係なのです。

ありがとうのアップダウン構造

 「私」と「あなた」の二者関係は、当たり前のように感じるかも知れません。
 ところが日本語は、その当たり前が通じません。日本語「ありがとう」は、それほど単純ではありません。「ありがとう」には、三角関係が隠れているのです。

 「私」が「あなた」に「ありがとう」と言う。
 ここに、「私」と「あなた」のもう一つ奥に、隠れた世界の第三者が隠れているのです。

 「ありがとう」とは「有り難い」が変化した言葉です。「有り難い」を英語に直訳すると、次のようになります。

 ▼ It is difficult to exist. (それは存在することが難しい)
 ▼ It seldom happens.(それは滅多に起こらない)

 つまり、「有り難い」とは、存在することが難しい、滅多にあり得ないという意味です。

 感謝すべき「あなた」の好意に対して、滅多にあり得ないなどと言ったらどうなりますか?皮肉を言っていると勘違いされかねませんね。
有り難うのアップダウン構造(隠れた第3者) 実は、「有り難い」という言葉は、「あなた」に直接向けられた言葉ではないのです。
 それは、隠れた第三者に向けられた言葉なのです。

 「ありがとう」において、「私」の感謝の気持ちは、「あなた」に平面的に、ショートカット的に飛んでいくのではありません。
 まずは、アップして、奥の世界へ入ります。そこからダウンして「あなた」のところへ下りて行くのです。

 日本人は、アップした奥の世界、目に見えない世界に、宇宙法則あるいは神の存在を、心の奥底で認めているのです。

 「あなた」の目に見える好意の奥に、目に見えない世界の働きがあって、その働きが目に見える「あなた」の好意となって現れてきた。そのことは、日本人は心の奥底で知っているのです

 ですから、「あなた」がしてくれた目に見える事柄に対しても、その奥の目に見えない世界における宇宙法則あるいは神のおかげであることを認めて、そこからダウンして「あなた」に感謝するのです。

 これが、ありがとうのアップダウン構造です。

3. 日本語の真相と日本語文法至極の一点

日本語は神である-日本精神と日本文化のアップダウン構造 天地開闢(かいびゃく)以来初めて、日本語がその真相を現しました。
 日本語至極(しきょく)の一点が現れたのです。
 その至極(しきょく)の一点あるが故に、日本語は日本語たり得ています。
 その至極の一点あるが故に、日本列島と日本人の存在理由が確認出来ます。
 その至極の一点を取り除けば、日本語は崩壊します。日本列島と日本人の存在理由は消え失せます。日本の国風(くにぶり)が消え失せるのです。
 その至極(しきょく)の一点とは、神であります。
 日本語は、神でありました。

『日本語は神である – 日本精神と日本文化のアップダウン構造』(昌原容成・著)序文より)

 日本語の精髄とは、アップダウン構造であります。
 日本語アップダウン構造の奥に、神が鎮座なされていたのです。
 日本語は、まことに神でありました。

 明治以来、西洋文法をモデルにして日本語の文法らしきものが多数作られてきました。残念ながらそれら既存文法はすべて、日本語の真実には迫れませんでした。
 これまでの日本語研究の成果は、勿論、貴重なものでありますが、その日本語研究が、日本語の精髄に至ることはありませんでした。
日本語は神主アップダウン構造
 今、漸く、日本語はその精髄を現しました。
 日本語の精髄とは、アップダウン構造であります。

 隠れた世界にアップして、見える世界にダウンする。
 これが、日本語の精髄です。

 日本語の真相とは、一語で表現すれば、このアップダウン構造に他なりません。
 この「アップダウン構造」に気づかなかったが故に、従来の日本文法は悉(ことごと)く齟齬(そご)を生じて、日本語の真相には至ることが出来ませんでした。

 日本語文法至極の一点とは、神(宇宙法則)に他なりません。

 日本語は、神(宇宙法則)の存在を根底に置いて成り立っているのです。
 従って、神(宇宙法則)の存在を根底に置かぬ限り、真実の日本語文法は、未来永劫、構築不可能である、と私は断言いたします。

 日本語の奥に、神が存在する。
 このような日本語を使わせて戴ける私たちの幸せは、まことにアリガタイことであります。

 日本語さん、どうもアリガトー!