筆録(33) 合気道・入身(いりみ)投げの功徳
入身(いりみ)投げとは
合気道に入身(いりみ)投げという技がある。先師・小林裕和師範は、入身投げの名手であった。
その堂々たる体躯で、入身を懸けられると、私の身体は、正味、吹っ飛んだ。

入身投げとは、相手が例えば剣で正面を斬りかかってくる時、それを避けようとして横に身をかわすのではなく、逆に相手の剣線にまっすぐ向かって入りつつ、腰を開いて剣線をかわし、相手を投げ捨てるという技である。
大事なことは、相手の剣線に向かって真っ直ぐに入るという点である。しかる後に腰をひねるから剣線を外すことができる。
昔、小林師範がフランスで合気道を教えるツアーに参加させて戴いたことがある。
その時に、フランス人に、この入身投げの要諦(ようてい)を説明した。言葉だけではなく、身体で示して説明した。
しかし、そのフランス人は、頭で納得しなかった。
Why ?(何故だ!)
剣線が自分に襲いかかってきたならば、横に逃げなきゃはずせないじゃないか、とそのフランス人は主張するのだ。
とうして、真っ直ぐ剣線に向かって入らなきゃならないんだと・・・。
これ、合気道部の稽古でこんなことを言うヤツがいたら、頭はり倒されるでしょうね。
今やって見せたじゃないか、つべこべ言わずにやって見ろ!
日本人なら、これで済む。
しかし、そのフランス人は、目の前で技を見せられても、頭が納得しない。先ず、頭で納得しようとする。
オーマイガッド!(こちらが、泣きたいよ。)
打合はす剣の下に迷ひなく
剣線が己に向かって振り下ろされようとする時、それを避けて逃げようとすると、剣線が追いかけてくる。剣線を避けようとしてはいけない。逃げようとしてはいけない。
逃げるのではなく、真っ直ぐに立ち向かうのである。
真っ直ぐに立ち向かうから、道が開けてくるのである。
この間の事情は、古来の武道家が、繰り返し歌に詠んでいる。
打合はす 剣の下に迷ひなく 身を捨ててこそ 生きる道あれ
『武道秘歌』
切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏みこみいけば 後は極楽
『剣道秘歌』
切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ たんだ踏み込め 神妙の剣
柳生石舟斉
武士(もののふ)の 生死の二つ打捨て 進む心にしくものはなし
塚原卜伝「卜伝百首」
逃げてはいけない
入身投げの心は、体の捌き方に終わらない。
それは、人生を生きる心得にも通じるものがある。
人生、我が身に降り懸かる出来事は、すべて己の責任として、逃げてはいけない。逃げると追いかけてくる。
逃げるのではない。真っ直ぐに立ち向かうのである。
真っ直ぐに立ち向かって、入身して、しかるのちに、それを処理する。
この心掛けが、とても大事な心得となる。
入身投げが教えてくれる生き方には、実に深い叡智が秘められているのである。