モノの話(1)モノは物質ではない

「モノ」の意味が「物質」の中に限定された

「モノ」というやまと言葉があります。
幕末明治にかけて、英語を初め西洋の言語・文物が日本に大挙して流入するに及び、「物質」という翻訳語が作られ、「モノ」の意味が「物質」の中に閉じ込められて、大きく限定されてしまいました。
日本語アップダウン構造には見えない世界が隠れている 日本語「モノ」に籠められた日本人のアップダウン意識が、英語のmatter, material, substance等の訳語である「物質」のショートカット意識の中に閉じ込められてしまったのです。

しかし、日本人が日本語を使い続ける限りは、日本語アップダウン構造は生きています。
西洋流の「物質」感覚は確かに持ちながら、日本語本来の「モノ」感覚も、日本人は保持しているのです。

日本語のモノは物質ではありません。それは物質の意味内容を遙かに超えて広く深いのです。

日本語本来の「モノ」感覚

例えば、「私はこういうモノです」と言います。
だったら、あなたは物質ですか? 
違いますね。

「生命というモノを尊ぶ教育」などと言います。
だったら、生命とは物質ですか? 
違いますね。

「運命というモノに導かれて」などと言います。
だったら、運命は物質ですか?
違いますね。

このように、日本人の心には、本来のやまと言葉「モノ」の意味が生き続けているのです。

もちろん、「モノ=物質」という感覚は普通に持っているんですが、少し踏み込んで考えると、「モノ」の意味する世界は大きく広がっていることを、日本人は承知しているのです。

日本人のモノづくり

日本人はモノづくりが上手であるといわれます。
モノづくり日本、などといわれます。

この場合の「モノづくり」は、物質づくりではありません。

大和の国(奈良県)に大神(おおみわ)神社があり、大物主(おほものぬし)クシミカタマの神がお祀りされています。

大物主とは、すべてのモノの主。
すべてのモノにタマシイを籠める神力をお持ちの神です。

日本人のモノづくりは、大物主の神のはたらきを受けてのモノづくりであるのです。

それを象徴して、全国の酒造り場では、大神(おおみわ)神社からいただいた杉玉を飾るのです。
大神神社の杉玉を酒蔵に飾る

大神神社の杉玉


▼杉玉:まだ新しいので鮮やかな緑色だが、古びると茶色に変色する。


→ 「モノの話(2)大物主の神」へ続く

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