韓国の夫婦別姓には別の意味がある

夫婦別姓を制度化しようとするとする議論がある。

日本においては、女性の権利主張という観点から夫婦別姓を望む声が大きいようだ。

韓国においては、古い歴史を通じて今に至るまで、夫婦別姓が貫かれている。

黄家に生まれた人間は、男であれ女であれ、結婚しようがしまいが、終生、黄の姓を名乗ることになる。

また、金家の女性が、黄家に嫁に入ったとしても、姓は金のままである。

その子供は、父親の姓である黄を名乗ることになる。これが韓国の鉄則としてある。

韓国の夫婦別姓には、深い意味がある。

つまり、父親の姓を名乗るということには深い意味があるのだ。


人間誕生の際に、母親から体(たい)をもらうということは、目に見えるだけに良く理解されている。ところが、目に見えない精(せい)というものがあり、この精(せい)を父親からもらって、一個の人間が肉体形成する。

この精(せい)の流れが、姓(せい)の流れである。

精(せい)の流れ、姓(せい)の流れを守護するのが氏神である。

従って、氏神の恵みを豊かに受けようとするならば、子供は父親の姓を承けるのがよろしいのである。

  母親から体(たい)をもらう。 

  父親から精(せい)をもらう。→ 姓(せい)を承ける。→ 氏神の恵みを受ける。

夫婦別姓、大いに結構。

しかし、子供は父親の姓の流れにつなぐというのが、氏神とのつながりを付けるために絶対に必要であるということを忘れてはならない。

韓国人が、夫婦別姓を貫きつつ、子供には父親の姓を名乗らせるという鉄則を守っているのは、氏神とのつながりという点を深い所で感覚してのことであろう。

日本において夫婦別姓を叫ぶ人たちが、子供には夫婦どちらの姓を名乗らせてもよいと、浅はかに考えているとしたら、大問題である。

精(せい)の流れ、姓(せい)の流れを断ち切られた子供たちが大量に増えたならば、この日本はグシャグシャになるであろう。