松の木の精霊を産土神界に返す
我が家の隣に大きなお屋敷があり、その庭には結構な数の庭木が生えていた。
そのお屋敷が全面取り壊しとなり、大きな庭も更地になるとか。
庭の片隅に松の古木があり、私が物心ついた頃から、私たちを見守ってくれていた。
還暦を超えた今も、二階の窓を開けると、その松の古木が目に入る。
その松も、かわいそうに、斬り倒されることになった。
長年月を生き抜いた樹木には、精霊が宿る。
その樹木をえんりょえしゃくもなく斬り倒すのは、日本人の心情としては忍びない。
昔の木こりさんたちは、山で木を斬り倒す際には、山神に祈りを捧げてから伐採に取りかかったものである。
数百年を経た古木となれば、きちんとした作法をとって祭りを行い、その上で斬り倒すというのが、日本人の心得であった。
隣家の主人は、そのような心掛けをお持ちではないようだ。
私の住む土地は、幼い頃はのびやかな田園地帯であったが、何時の頃からか工場が建ち並び、今や準工場地帯と言っても良いほどになってしまった。
緑少ないその中で、隣家の庭の樹木達は、私に安らぎを与えてくれた。
そこで、少々お節介かもしれないが、我が家において秘かに祭事をお仕えして、松の古木やいくつかの樹木の精霊を産土神界にお返し申し上げた。
樹木によっては、むやみに斬り倒すと、禍をもたらされることがある。
サクラの木などは、特に精霊の力が強く、庭師もサクラの木を切り倒すのはいやがるのである。
人間の都合でどうしても樹木を伐採しなければならない時には、心を尽くしてお祭りすることですね。
それが日本人のたしなみであり、生き方でありましょう。