【篤姫04】菊本の自害はナゼ?

慶事の前の菊本の自害

篤姫の老女、菊本が自害
大河ドラマ「篤姫」第5回(2008/02/10)において、篤姫(宮崎あおい)を幼児から育て上げた老女の菊本(佐々木すみ江)が自害するという事件が起きた。
突然の菊本(佐々木すみ江)の自害に驚かれた人も多いと思います。

篤姫(おカツ)が島津本家の養女となり、天下に揺るぎもない大大名の一の姫となるのは、篤姫にとっても今和泉島津家にとっても、願ってもない慶事でありました。
その慶事を前にして、不吉を承知で菊本が自害したのは何故でしょうか?

菊本の自害が、本当に思慮深い行為であったとは、私には言いかねるのですが、少なくとも、彼女がどういう心持ちで自害に及んだのかを忖度(そんたく)してみることにしましょう。

菊本の心を理解するためには、当時の人々のメンタリティーが今とは全然違うということを考えに入れなければなりません。

菊本の名を抹消して遺骸は不浄門から

菊本は、身分の低い下士(かし)の家の出身でありながら、お一(篤姫)のみならず、その兄達をも養育し、老女という立場を与えられていました。
本来ならば、主家から十分な恩賞をいただいて、名誉の引退をして当然の身であったのです。

しかし、自害という仕儀に及んで、菊本の名は今和泉島津家の家臣の籍から除かれ、遺体は日暮れをまって不浄門から身内に引き渡されました。

実は、菊本の名を臣籍からのぞくということ、
それこそ、菊本自身がもくろんだことであろうと思うのです。

身分制度の重さゆえの自害

当時に身分制度の下で生きる人々の、身分の違いに対する感覚は、今の私たちには想像するのも難しいかもしれません。

篤姫の実家である今和泉の島津家と、島津本家とは親戚であるとはいうものの、島津本家の当主は、今和泉家にとっても、藩主としてはるかに仰ぎ見る存在でありました。
ドラマ「篤姫」でも、篤姫の実父である島津忠剛(ただたけ)が、藩主(実際には側近)の一言に恐れおののいて謹慎するという場面がありました。

藩主の一言で、家が取りつぶされるということもあり得るのです。

その藩主の養女になるというのは、篤姫にとって大変に名誉なことであり、篤姫を養育した菊本にとっても大きな喜びであったはずです。

しかし、ここで、菊本の心の中の身分制度が、微妙な陰を投げかけてくるのです。
つまり、そのような立派な姫君を、自分(菊本)ごとき身分の低いものがお育て申し上げたということが、申し訳ないという思いですね。

かほどに、身分というものが、人々の心を律していた時代であったのです。

菊本の自害は、己の記録を抹消するため

ドラマ「篤姫」では表現されていませんでしたが、宮尾本『篤姫』では、斉彬(なりあきら)からゆくゆくは将軍家の正室に迎えられることになるかもしれぬと内々に今和泉の島津家に耳打ちされていたとなっています。

そうであれば、なおさら菊本は、己ごときの名を、篤姫の生涯に刻してはならぬという思いに駆られたことでしょう。

島津本家の一の姫となるのさえ身に余る光栄と思えるのに、夢想だにしなかったであろう将軍家の御台所となるなどは、雲の上のことと思えたことでしょう。

その将軍家御台所が、自分(菊本)のような身分の低い者に育てられたとあっては、篤姫の生涯の汚点として天下の人々に思われはしないだろうか。

このように考えて、菊本は、己が篤姫の人生と関わったという事実を、自害という行為によって抹消したいと思ったのでしょう。

慶事の前の自害となれば、厳しいお咎めを受けて、臣籍から抹消されるのは必定(ひつじょう)でありました。

菊本は、己ごとき身分の低い者が、将来将軍家の御台所になるやもしれぬ篤姫をお育て思う仕上げたという記録を抹消したかったのです。
それが賢明な判断であったかは別問題として、ともかくあの時代に生きた一人の女性が、その主・篤姫に対して表現する精一杯の心であったのです。

菊本はあの世から篤姫を守護しようとした

篤姫が島津本家の一の姫として鶴丸城に入ると、菊本はもはや篤姫に気軽にお目見えもかなわず、まして将軍家の正室となると、菊本には何の手助けもなしえるものではない。

病を得て体の自由を奪われつつあった菊本は、そこで、自ら一命を絶ち、幽明境(さかい)を異(こと)にしてあの世から篤姫を守護し奉るという思いもあったことでしょう。

己の存在を消して主の人生を立てる
一命を絶って、あの世から主を守護する

こういうメンタリティーでもって、当時の人々は生きていたのです。

菊本のサムライ心

武士だけが、武士道を行じていたのではありません。
女子供もなにがしかのサムライ心を心中に宿して生活していたのです。

繰り返しますが、菊本の自害が賢明な判断であったとは私には言いかねるのです。
しかし、老女菊本もまた、女サムライの一人であったと申し上げたいのであります。

今の世の軟弱なオトコたちよ、薩摩の田舎老女の心意気を学びたまえ!

【参考】菊本の心をより深く理解するために、次の記事もお読み下さい。
  → 御殿女中こや/主命を奉じて火中に飛び込む