どんくさい野鳥たちに、あやうくぶつかりそうに

川沿いの道を自転車でゆっくりと走向していた。
目前で、おチビちゃんたちが遊んでいる。

おーい、君たち、通してちょうだいね。

ところが、このおチビちゃんたちが、どんくさいのです。
(「どんくさい」とは、京都の言葉で、「鈍臭い」と書くと分かるように、じれったくなるほどのろのろしている様子。)
なかなか、道を空けてくれない。

どんくさい野鳥たち
別段、自転車を高速ですっ飛ばしているワケでもないのですが、このおチビちゃんたちは平気で道を塞いだまま動こうとしない。

危うく自転車で轢(ひ)いてしまいそうになるほど、無頓着でどんくさい。
このおチビちゃんとは、人間ではなく、スズメや鳩の野鳥でした。

繁華街で若者にぶつかりそうになる

大阪なんばの繁華街を歩いていると、よく若者たちとぶつかりそうになることがあります。
こちとら、合氣の体捌きよろしく、ヒョイヒョイと腰をひねってかわすので、ぶつかることはないのですが、これが同じような人同士だったら、間違いなくぶつかっているだろうと思うことがよくあります。

最近の若者たちは・・・・などと言い出すと、年寄りくさくなるのでやめましょう。

今日の本題は、人間の若者たちではないので、ご安心を。
最近つくづく思うのは、人間の若者達以上に、野鳥たちがどんくさくなっているということです。

最近40年で野鳥の生態ががらりと変わった

野鳥の写真を撮り続けて40数年という方から、面白い話を聞かせてもらいました。

ここ40年はどで、野鳥たちが人間を恐れる度合いが甚だ低下したというのです。

彼が野鳥写真を撮り始めた40数年前は、野鳥の警戒心がとても強くて、近づいて写真を撮るのがとても難しかったそうです。
ところが最近は、いとも簡単に近づくことができるというのです。

なるほど、野鳥の世界も、世代交代して様変わりしているのですね。
スズメも鳩も人間に飼われていない以上、「野鳥」といっていいのだが、今やこの「野鳥」たちは、人間を恐れる気持ちは甚だ小さいようです。

これが、終戦後の食料難の時期であれば、スズメなど人間に近寄ろうものなら、とっ捕まって丸焼きにされてしまう。
大阪の通天閣下の新世界では、昔はスズメの焼き鳥を出していたものです。(最近はどうなのでしょうか。)

今の時代で、スズメを捕まえ喰ってしっまおうという人間はほとんどいないのでしょう。
人間よりも寿命の短いスズメであれば、世代交代のサイクルも早い。

今のどんくさいスズメたちのおじいさん、ひいおじいさんたちが生きていれば、「今の若者たちは・・・」と嘆くのでありましょうか。

スズメや鳩たちと人間とが仲良くなったと考えれば結構なことだが、自転車にぶつかりそうになるほど鈍くさいのはいかがなものであろうか。

ああ、我が嘆きは、人間界を越えて野鳥界にまで及んだか!(あはは)



気ゆる日記(神道・日本語・日本文化)

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