【友の会通信】2014-07-30 人間・この複雑なるもの(1)「信長・秀吉・家康の背後」

友の会会員各位

今日は七月三十日。ひと月ぶりの友の会通信です。
暑さの中で、複雑な作業に集中しております。
いや、集中したいのですが、なかなか・・・。
還暦過ぎて、次々と新しい学び事に取り組んでいます。
ボクって若いなあ・・と一人でつぶやいております。

前回の友の会通信では、織田信長が火の力、豊臣秀吉が
水の力を使って大事を成し遂げたと述べました。

そこで何人かの方からメールをいただきました。
徳川家康はどうなんですか、と。
信長・秀吉と来たら、家康にも言及しなければなりませんね。

信長・秀吉・家康について述べたついでに、
「人間・この複雑なるもの」というタイトルで、
何回かに分けて文章を綴ってみようと思います。
人間の複雑さを思うと、底知れぬ闇に入り込むような感じ
がしますが、どこまで書けるか頑張ってみようと思います。
どこまで書くかは、皆さん方の反応次第でもあると申し上
げておきましょう。



あまりにも簡略なる真実



一個の人間が存在する、その背後にはどれほどの世界が
広がっていることか。

肉体の奥に、幽体があり霊体があり神体がある。
すべての人は神の子である。

それはそうです。真実です。
ところが、その真実は、あまりにも簡略なる真実である
のです。

人間存在の複雑さを、簡略に簡略にしてエッセンスを
取りだして「人は神の子」と言っているのですが、
それが簡略きわまりないエッセンスであるということを
充分に腹の底から承知していないと道を誤り兼ねません。

中国人も神の子であり、韓国人も神の子である。
それはそうです、真実です。

でもねえ、「人は神の子」というのは、あまりにも
簡略すぎる真実なんです。

例えば・・・・、
人は神の子、みんな一緒だから、中国人や韓国人に対しても、
誠意を以て接すれば誠意を以て対応してくれる・・・
と考えるのは、ううーん、考えたい気持ちは分かるのですが
その考えで突っ走ってしまっては、よろしくない。
残念ながら決して良い結果はもたらされないでしょう。

日本人が、日本人に接するように他民族に接しても、これは
ダメなんです。民族の成り立ちが違うのです。

「人は神の子」という真実も、それがあまりにも簡略なる
真実であると言うことを無視して、むやみに振りかざして
それに寄りかかるならば、反って道を誤ると言わざるを
得ないのです。

それほどに、人間は複雑怪奇なる存在であるのです。




徳川家康の背後で働く白狐の霊群



さて、徳川家康の背後には、鈴鹿山中に住み古した白狐の
霊群の働きがありました。

家康の人生最大の危機と言われる「伊賀越え」という事跡が
あります。

本能寺の変の当日、家康は平服の家臣30名ばかりと共に、
本能寺へ赴いて信長に御礼言上する予定でした。
本能寺へ向かう途中で、変事の知らせを受け、この手勢では
明智光秀の軍勢に敵することも叶わず、逃亡を図ったところで
土民の襲撃を受けて無残な死に様をさらすことなりかねない。
かくなる上は、京都知恩院にたどり着いて、そこで自刃しよう
と一旦は決意するのですが、家臣の中でただ一人、本多忠勝が
反対して、三河までの脱出行を試みるのです。

その脱出行を「伊賀越え」と言うのですが、
これは「鈴鹿越え」といってもよろしい。
鈴鹿山中の白狐の霊群の助けを受けて、家康は命からがら
三河にたどり着くことができました。

服部半蔵を初めとする伊賀忍者たちも、白狐霊群と深い関わり
を持つ集団でした。
家康が伊賀者たちをお庭番として重用し、幕藩体制の維持に
活用したことはよく知られています。

このように、鈴鹿山中の白狐の霊群が、家康の背後にあって
その活動を助けていたのでありました。

織田信長は、その背後に火竜神のはたらきを受け、火力によって
事を成し遂げてきた末に、本能寺では炎の中で一生を終えました。

豊臣秀吉は、霊源を水の世界におき、水の力を活用して事を成し
遂げて来たのですが、大阪城外堀を埋められて水の力をそがれた
豊臣氏は滅びてしまいました。

信長、秀吉、家康など、大事を成す人間の背後には、たいてい
何らかの背後のはたらきが加わって、その大事がなされていく
のです。



人間背後の様々なる存在



この宇宙には、人間、動植物、様々な生物以外に、
あの世には生物学の分類に当てはまらない、何とも
名状しがたい存在が生きているのです。

動物霊といいましても、その動物がこの世の生物学の
分類範疇に治まるとは限りません。
水霊(みずち)などは、蛇とも龍ともつかぬ姿をしていると
言われます。

ともかくこの宇宙には、人間の学問知識を超えた様々な
生き物が存在し、それが人間と複雑に絡まり合って
生きているのです。

人間自体が複雑きわまりないところへ、複雑怪奇な存在が
人間と関わる、その関わり方がまた複雑ですので、
人生まことに複雑怪奇とならざるを得ません。

人間とは、まことに複雑なる存在であります。

▼ 誕生日に抜け落ちているとても大切なこと